北欧の逸品
映画三昧の日々が段々と定着して参りましたこの頃です。
今回は2度目の鑑賞で、改めて名作である事を再認識しました
派手なアクションも、きらびやかな映像も出てきません。
大変地味な作品ですので1987年の公開当時は余り注目されず
むしろ「老人ホーム」ムービーだ。などと言う批評もありましたが
誰でも癒される逸品であり
その年のアカデミ-賞最優秀外国語映画賞
1989年度には英国映画TV芸術アカデミー賞
その他、多数の賞を受賞しました。
監督と脚本は共にガブリエル・アクセルが担当しております。
さて、私が映画の中で一番好きな場面が有りますが
それは、(人が幸せそうに食事をしている場面)で
正にこのストーリーは、その意図の通り進行するのです。
舞台は北欧のかなり貧しいユトランド半島の漁村。
北側はデンマーク領ですので、極、寒い地方だと推測致します。
戦いが多く勃発していた19世紀のフランス革命直後でしょうか。
いわゆる「ゆりかごから、墓場まで」と云う
社会福祉政策が充実している現在とは、程遠い
北欧庶民がまだ貧しく質素な毎日をおくっていた
現代の発展などは、全く想像がつかない頃の設定です。
この作品が語ってくれるのは、
静かに淡々と過ぎて行く時の流れ。
その中で
人生において、何が大切なのか。
ほんの小さな喜びや時間を、分かち合える人々の
安らぎと友情を描いております。
ユトランド半島の海岸。とある寒村。
住民達は皆、純粋でいがみ合いも無く、互いに助け合い
神につかえている純なプロテスタント信者達。
来客も無く、ただ時が経って行く。淋しい漁村。
そこにバベットと云う
フランスから亡命した中年のご婦人が命からがら、海を渡ってまいります。
子供も夫も処刑され、心に傷を負っております。処刑されるなんて
多分、フランス皇帝に近い身分の方だったのでしょう。
バベットは村の美しい二人の姉妹に助けられ介抱され
永年にわたり生活を共に致します。
この姉妹の父親は牧師様で、姉妹は父親を助け
自らの人生を父親と信仰と共に生き、清い心の持ち主でした。
時は経ち、当然のごとく皆老いて行き、姉妹の父親も他界するのです。
さて、バベットはフランスとの縁を切ったものの
祖国で買って置いた「宝くじ」だけが、自分とフランスをつないでいる。
と姉妹に打ち明けます。
ここで、脚本が二手に分かれれば、サスペンスの基本が形成されるのだが
サスペンス系から180度方向転換すると
ハートウォーミングなストーリー展開になる訳です。
例えば、宝くじが当選し多額のお金を巡って事件が起きる。
となると当然サスペンスに。
しかし、ここでは後者の方で、心温まる後味の良いストーリーに構成されているのです。
命からがらフランスから逃げて来たバベットは、自分を助けてくれた姉妹に
感謝の意を示すのです。
それは
運良く当選した「宝くじ」の全額1万フランを使い、姉妹の今は亡き父の為に晩餐会
(日本で云えば法事の様な集会なのだと思います)を開くと云う提案でした。
晩餐会には、ある高齢の将軍が招かれるのです。
何十年も前に、この美しき姉妹と出会い、魅せられたが
保守的なこの時代での事、無理が生じ
自分も出世の為に、貴族の令嬢のもとへ走った青年でした。
彼は今や全てを手に入れ、将軍となり出世しましたが
姉妹の事は忘れずにいたのです。
お互いに年老いておりますが、再会し心弾ませるのでした。
これもバベットの演出であったのです。
晩餐会は姉妹の質素なお部屋で、狭いながらも和気藹々と進みます。
神に仕えて来た村人達は、シャンパンなんてもちろんの事
ワインの味すら知りません。
先ずは食前酒が出され
「これはアモンティラードではないか!しかも、これほどの物は初めてだ!」
美食家の将軍は最高級の味に驚きます。
そして、この後は(舌を噛みそうな名の料理)が、次から次へと出て来るのです。
海亀のスープ。
村人達には初めての味。
何て美味しいんだろう。と感激致します。
テーブルマナーを知らない村人達は、揃って将軍の
一挙手一投足を見つめ真似をするのです。
将軍のマナーを見つめる村人達
ここが、かわいい
次はキャビアのオードブルに将軍は驚きます。
「これは、ブリニのデミドフ風だ」
そして、シャンパンにうっとりし
「これは1860年物のヴーヴ・クリコだ」
フランス国内でも高価な物で、なかなか手に入らない物だと感激し
メインのウズラの料理が出ますと、将軍はその味を絶賛するのです。
厨房では、ひとつも手を抜かず、汗だくになって丁寧にお料理を仕上げていく
バベットがいます。
ワインもミネラルウォーターも食材も全て
(生きている海亀だって)
バベットはフランスから運んで来たのです。
私はどの国の方でも、美味しい物を頂いているお顔を見るのが大好きなので
この映画の食卓シーンが一番好きなのです。
この笑顔
おばあさんも
おじいさんも
偉い将軍さんも
お手伝いに来た村の少年も
厨房でおすそ分けをもらい、幸せを感じます。
そして食後酒の「フィーヌ・シャンパーニュ」で晩餐会は終了するのでした。
村人達とは違い、美味しい物を知り尽くしている美食家の将軍は言うのです。
「昔、パリに(カフェ・アングレ)と云う最高級のレストランが在った。
そこでは女性の天才料理長が、自分で創作した
フランスで最高のウズラの料理を作っていた。
それは、ペリグディーヌで、もう二度と食べられないと思ったが
今日ここで食べる事が出来て、幸せである。」と言い残したのです。
ペリグディーヌ
(ウズラ肉にフォアグラとトリュフの薄切りを入れて
パイに乗せオーブンで焼いたお料理)
私にはコレステロールが心配なお料理です。
村人達は、初めてのご馳走に酔いしれ
輪を作って歌い、食べられる幸せを
神に感謝するのでした。
将軍も村人達も、それぞれが満ち足りて帰って行くと
姉妹は深い感謝を込めて、バベットを抱擁するのです。
そしてバベットは打ち明けます。
「私は(カフェ・アングレ)の料理長だったのです。
宝くじの当選金は、全てこの晩餐会で使い果たしました。
お世話になった皆さんに食べてもらいたかったのです。
これからも、皆さんと一緒にこの村で暮らします。」と。
姉妹とバベットは、また厚い友情で結ばれていくのです。
バベットを演じたフランスの女優ステファーヌ・オードランは
家族を処刑された悲しみの心情を、上手く演じております。
この映画が何故、心に残って離れないかと言えば
食べている人々の幸福感が伝わって来るからなのです。
美味しい物を皆で分かち合えばイザコザも
何となく上手く行くようになる。
空腹であれば、誰でもギスギスした気持ちになりますね。
食す事とは、幸せになる事。
どんなに下手であっても
バベットの様に心を込めれば、美味しいお料理が
必ず出来るはず。
2月に入り、雪もチラつく昨今
知らずと心も冷えて
そろそろストレスも溜まってくる頃ですが
「北欧の逸品」である
この「バベットの晩餐会」を観ると
少しばかりですが
心の安らぎを得る事が、出来るかも知れません。
ではまたね。