名作にみる絵画界の裏。

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絵画制作から遠のいているこの頃。

周りからは「続けなさいな、才能が有るんだから」とチア・アップなお世辞を頂いたり

「将来のボケ防止にもなるわよ」と姉からのシビアな御助言を背に、

未だに筆を置いたままの状態が、永年続いているのです。

何でも、つい映画に結びつけてしまう私ですが

今回も絵画制作と云えば

ある画家の伝記もの「赤い風車」と「モンパルナスの灯」を思い浮かべます。

(フランスの赤い風車)と聞くと単に、かのムーラン・ルージュでの

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(カンカン踊り)を連想してしまいますが

 「赤い風車」とは、1952年度イギリス制作の映画、画家ロートレックの物語。

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ロートレックの役を演じているミゲル・ホセ・ファーラー。

このファーラーの従兄が、今をときめく米俳優

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第二のケイリー・グランドと呼び名も高いジョージ・クルーニー

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さて「赤い風車」と呼ばれるカフェ・ムーラン・ルージュの特等席で

トゥールーズロートレック

店の踊り子や歌手の動作をスケッチしている場面が

何度か出てきます。何時間も腰掛けたままのロートレック

親同士が貴族の濃い血縁であった結果

 幼い頃の転倒が原因で(落馬したとも言われていますが)

骨折し、回復力が弱く生涯少年の姿のままであったと云うロートレック

その為、世間からは姿を隠し、生涯絵画だけを愛し孤独に生きたと云う人物。

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 しかし、自ら隠遁生活を選んだとはいえ、「赤い風車」と云うムーランルージュには

足繁く通っていたのです。ここは、彼にとって楽園だから。

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何時間、居続けても伯爵家の彼は文句を言われる事も無く

 テーブルクロスの上に、自由にデッサンを施しても可能な待遇。

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ロートレックのテーブルには踊り子達や歌手が集い、愚痴や世間話をするのです。

しかし皆その場限りの、ひとときだけの友人。 

 御婦人達はロートレックの姿を見て、社交辞令の同情心で微笑みかけるのみ。

それが世間の常でした。

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画面一杯のリズム感。

 この絵からは、彼の辛さと悲しみが伝わって来ます。

彼の描く人物は皆、活発に動く人達ばかり、

それは自分が欲する自由自在な動作でもあり、あこがれでもあるのでしょう。

 ルイ16世・アントワネットの時代からしてみれば「十字軍」から続く有数の貴族

爵位のある彼の先祖が処刑を逃れた事は、運が良かったと言えるでしょう。

ロートレックは父がボスク城(後の博物館)、母はマルロメ城(後のワイナリー)

と云った城を所有する何不自由の無い画家。

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                          ロートレックの生家ボスク城。観光客が絶えません。

彼には見た物を即座に、自由に美的描写が出来る、

優れた感覚を兼ね備えていたのですが、父親は城の後継者としては相応しくないと

ロートレックを嫌う様になります。

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彼は自ら城を出て、ゴッホマティスそしてルノワールなど、芸術家達がたむろする

モンマルトルの住人となり孤独と戦いながら絵画に没頭し

短い人生を全うします。

そして最後まで父親との確執は消える事がなかったのです。

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 時は流れ、大戦後はモンマルトルからモンパルナスへ芸術家達は流れていくのです。

1958年度制作の映画「モンパルナスの灯」では

フランスの貴公子ジェラール・フィリップがモジリアーニを演じています。

 時代は変わりロートレックとは正反対に、イタリア出身のモジリアーニは

根っからの貧困生活を余儀なくされていた画家。

彼は、貧しいボヘミアン的な画家達、中には藤田嗣冶やS・ダリなどと

モンパルナスを拠点として活動していました。

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モジリアーニを演じたJ・フィリップ 

一緒に暮らしたジャンヌ・エビュテルヌは

映画「男と女」の美しい女優アヌーク・エーメが演じています。 

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モジリアーニの代表的な、長い顔の女。

無表情な顔ばかりで、どの作品も同じアングルが多い。

気持ちが落ち込む様な、閉じ込められた暗い画風。

モジリアーニの作品を好んで買う様な人は、極少数でした。

結局、彼の作品は没後でしか価値は上がらなかったのですが

絵画の価値、値段を確実にするのは

「これぞ」と云う絵描きを発掘する、「やり手画商」の腕次第

今でも、それは同じ事、まして目を付けて置いた画家が亡くなれば、

画商としては、儲けもの。没後は、大金持ちに高額で売りつけたりで

死にてこそ、絵画の価値が上がると云う現実は、現在も変わらない様です。

 例えば、脳梅毒の為、治療薬の副作用で総ての物が黄色に見えて

晩年は狂って、自分の耳を切ったと言うゴッホ

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黄色ばかりを基調とするこのゴッホの作品を、素晴らしいと思うのは

高額で売買が出来る魅力があるからであって

財産としては欲しいが

好みにもより、飾りたく無いと言う人もいます。人々の評価はそれぞれで一部の人には

気味が悪いと言われたこのゴッホの作品を、高額で取引される様、軌道に乗せたのも

利口な画商の策略なのでしょう。

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悪徳な画商モレルを演じたリノ・バンチュラ。

モジリアーニの死を聞き「フフ・・」と苦笑い、即、絵の値を吊り上げるのです。

この強面、正に適役 。

しかし、前代未聞の事で

ロートレックの作品は、彼が存命の内にルーブルに展示された訳ですから

それほど彼の作品は、当時としては斬新でモダンだったと言えます。

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以前、私は胡粉に溶かしたニカワを入れ、岩絵具を混ぜて

150号の日本画を制作していた時期がありました。

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 友人二人をモデルとして頼み1時間2千円でバイトをしてもらい

(良いバイト代だったと思いますけれど・・)

「じっとしててね!」が、私の口癖でした。

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ニカワに溶かした岩絵具が乾くまで、画面を床に平たく置き

時間をかけて待つ気長な作業。

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 鉛筆デッサンの次は木炭で、大画面に人物像の配置を決める。

 出来上がるまで、3ヶ月以上は経過しました。

 絵に夢中だった 当時は、まだ若くて怖い物知らず

恐れ多くも(日展)に応募し、苦い思いをした事があります。

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搬入後、審査を受ける前の段階で、後悔し自分を笑いました。

 日展、二科展、日春展その他も、学内や政界と何ら変わりはない派閥の世界、

表向きは公募ですが、現実は芸術院の会員でなくては入選不可能、

まして日展などで最高の大臣賞を取れるのは、どんなに下手でも評議員の作品のみ。

誰にも師事していない絵描きや無所属の私などの作品は

二の次に追いやられるのが、当たり前の世界。無所属一般の応募は

「公募と称しての単なる資金集め」と指摘する人もいます。

日本画の手法を習いには行きましたが、

誰に師事している訳でもない自分の立場を考えなかった

なんと云う愚かな事をしたのでしょう。

雲の上の世界をちょっと覗いただけの事だったのです。

当然の如く落選し、都美術館の裏口から搬出する時の気持ちは

後悔先に立たず、ブルー壱色そのものでした。(それも濃い色を混ぜたダークブルー)

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応募した事、それ事態が、まるで罪を犯した様な錯覚でしたが、

今となったら、もう時効としましょう。

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心ある人は言うのです。

東山魁夷だって始めての日展は入らず、落選組だったのだから

先は分からない。実のある絵は派閥には関係なく評価をしてくれる様になるまで

何度応募しても自由なんだから、負ない様に」と。

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憧れの魁夷の画『緑響く』いつ見ても癒されます。

時々、訪れる東京国立近代美術館に多く展示されております。

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胡粉を沢山使っています。胡粉の白でパステルを混ぜた様な

グラデーション効果を出しています。

 なんでこんなに美しく描けるのでしょう。

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お気に入りの場所、東京国立近代美術館

魁夷の絵だけを見ていると、「絵画界の裏」など関係ないと思いたくなります。

 100年かかっても、一般応募には難攻不落な審査でも

 健康に生きているくせに、筆を取らないのは、ただ怠けているだけ。

生涯評価されなくても、画家を貫いたモジリアーニの忍耐力を持てば 

「失敗して、また力が湧いてくるのものだよ。」と

自称、絵画音痴だと言う主人にも、励まされ

初心に戻り、また壱から始めて見るのも良いでしょう。

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私の好きな19世紀末の、最も美しい時代「ベル・エポック

その時代に生きて36才で没したロートレック

生前ルーブルに認められたと言われていますが

不憫に思った親が、裏で手を廻していた。

などの噂が、絵描き仲間では囁かれたとかで、真実であれば

政治の世界も絵画の世界も、「裏有りの奇麗事だけではない。」と思うのは当然ですが

日曜絵描きの私などは、ただ単に描くのが楽しければ、それで良いのだと思います。

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忘れていた筆を、再度握らせてくれたモダンアートの先駆者。

アンリ・ド・トゥールーズロートレックの「赤い風車」

そして(忍耐)を思い出させてくれたモジリアーニの一生「モンパルナスの灯」

描く者に力を与えてくれる名作です。

ではまたね。